読者の磐座探訪 


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「巌社を訪ねて」

                     東京都  谷戸 歩

 一度訪れたいと思っていた伊勢神宮・巌社(磐座探訪雑記帳50)に、機会があって足を運びました。
 記事のとおり五十鈴川を渡り、住宅地を抜けると、突き当たりに雑木林の小山。階段状の小道があったので登っていくと、林の中に大きな四角い柵のようなものがありました。近づいて見ると「有害獣捕獲器」の表示が。猪か鹿が入るほどの大きさの金属製の檻です。
 これは間違ったと思い、元の道に戻って少し進んだところ、道路脇の斜面のすぐ上に雑記帳にあった大きな縦長の岩の姿が見えました。そして斜面を登ると小さな平地。同じ岩の上の部分が今度は三角形に見えます。特に参拝する場所ではない様子でしたが、ようやく辿り着いてありがたい 気持ちになり、そっとお参りしました。
 人が暮らし、獣がいて、磐座がある静かな場所。そうそう立ち入るべきではないように感じ、「ここにあった」ということを心にとどめて帰路につきました。




茨城県鹿行地方のイワクラについて

                     東京都 三鷹市 石神俊一郎

「磐座百選」を大変興味深く拝読しました。私の姓も「石神」ということで、日本全国の石の神様については常々関心をもっておりました。父の出身地の茨城県の鹿行地域に石神という地名などがあるのが気になり、私なりに調べてまとめた資料の2つを投稿します。
 左図にあるように、①の石神遺跡~②、③を経て④の神栖市石神までが不思議とほぼ一直線になっています。
①は行方市のHPによると縄文時代の環状列石ではないかという事が書いてありますが現物は未確認です。
②は玉造の玉造城跡のやや北側に石神館跡という台地上の場所があり、近くに「鴨の宮」という小さな祠があります。画像も添付してありますが、その「鴨の宮」の隣に「石神神社遺跡」という大きな石碑があり横にしめ縄を巻いたような石が置いてあります。「鴨の宮」の由緒書きにも、こちらの「石神神社遺跡」のことは全くふれていないので謎です。玉造の地名は古代に玉造部が住んでいたことに由来すると言われ、また、近くにある夜刀神社は「常陸国風土記」に登場する夜刀神の伝承と関係があるようです。その他、茨城県内で岩に関係するところでは日立市にある「大甕神社」はその伝承も含めて好きな場所です。
 さらに詳しいことがお分かりの方がいらっしゃればぜひ教えて頂きたいと思います。

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